Vol.33 伝説の熱海会議

  
  

  こんにちは のざおです

  「すごい会議」(ハワード・ゴールドマン)の手法の中に
  言えない問題を言ってみる、があります。

  ※プロジェクトX風に読み進めてください。
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  松下幸之助が会長となり、第一線を退いた1964年(昭和39年)
  家電製品の需要不振と競争激化によって松下電器の販売組織が
  危機的状態になった。

  松下本社はそのころ、全国の販売会社、代理店に対して、
  およそ1,000億円にのぼる債権を抱えていた。
  それが支払われないと、松下電器も危うくなる。

  幸之助は危機を鋭敏に察知し、迅速に動いた。
  7月9日の夕方から、熱海のホテルで
  「全国販売会社・代理店社長懇談会」をひらいた。
  のちに熱海会議と呼ばれる会議は、翌日の10日は朝からはじまった。

  幸之助は挨拶の冒頭で、今日の会は人前でいえないことを
  洗いざらいうちあける秘密会にするといった。

  「だから損している人はどれくらい損しているか、
   すっかりいってください。
   松下への批判、苦情は全部いって下さい。
   そしておおむねひとつの方向、結論が出るまで
   3日かかろうと4日かかろうとやりましょう」

  午前中、幸之助は語りつづけ、午後1時から懇談をはじめた。

  「松下の商品は品質が悪い」

  自社製品の構造、性能を知りつくしている幸之助は、
  はげしく問いかける。

  「どの商品が悪いのですか」

  洗濯機の故障が多いというと、
  何という商品のどの部品が悪いのかと聞く。
  相手は答えられず、営業部長から聞いた。

  幸之助は叱咤した。

  「何ちゅうことですか。
   あんたの会社がつぶれるかも知れんというときに
   そんな呑気なことでええんだっか。
   あんたの家もつぶれかけとるんですよ」

  会議では販売店側は、会社の指導が不親切で、
  そのしわよせが弱い立場のわれわれにきているといい、
  会社は販売店の経営方針に欠陥があるといい返す。

  結論が出ないまま7月11日も続行し、
  その正午に最終取りまとめをすることになった。
  その日も販売店の苦情が沸騰した。

  残り時間が30分になったとき、幸之助は販売店を力づけるほかに、
  不況を逃れる道はないと覚った。
  彼は壇上で深く頭を下げた。
 
  「よくよく考えたら、松下電器が悪かった。この一語に尽きる。
   今日松下電器があるのは、ほんとうに皆さんのおかげだす。
   これからは安定した経営をやっていただけるよう、
   ここにお約束する」

  幸之助は涙を流し、出席者のほとんどがハンカチを目にあてていた。
  彼らは互いにはげましあった。

  幸之助はその後、営業本部長代行に就き、
  抜本的な販売制度改革をうちだした。
  新制度開始後約1年半の1966年11月期決算で、
  松下電器産業は創業以来最高の数字を記録した。
  幸之助は「経営の神様」と呼ばれるようになった。

  引用:日経新聞「ニッポンの企業家」津本陽氏
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  言えない問題を言う会議。
  そう簡単にできるものではないですよね。
  タブーを破らねばならない瞬間、
  今までにない緊張感が走ります。
  しかし、ピンチをチャンスに変えるには、
  短期間で劇的に会社を変えるには、
  避けて通れない道かもしれません。

  皆さんは「すごい会議」体験したことがありますか?

  すごい会議の手順の一部です。
  会議スタート
  1、会議の参加者に「うまくいっていること」を3つ以上書いてもらい、  
    それを発表してから会議を始める
  2、この会議で得たい成果を紙に書いて発表してもらう
  3、達成の障害となっている問題や懸念を書き出し、それらを
    「どのようにすれば~」の形に書き換える
  4、「言えない問題はなにか」を書いてから、「どのようにすれば~」
    のかたちに書き換える
  5、「あなた自身のひどい真実はなにか」の答えを書いて発表してもらう
  6、「戦略的フォーカス」を参加メンバー全員で創り、合意し、約束する。

  詳しくは「すごい会議」著者:大橋禅太郎氏 をご覧下さい。

  <2008.5.27コラム>